2006.05.03

エロチカとロマンスのはざまで

ロマンス専門誌"Romontic Times Book Club"を見ていると、よくもまあ毎月毎月これだけ出版されるものだと感心する。各出版社の広告ページでは新刊の表紙が紙面を賑わして、そこここで抱き合うカップルのイラストに眩暈を覚えるほど。そんな広告のなかでダントツに目を引くのは、実はハーレクインでもAvonでもなくて……そう、Ellora's Caveをはじめとするエロチカ系出版社だったりする。eBooksが主流なためか、表紙のイラストなんてもう手を抜きまくりで、ヒストリカル顔負けの爆笑系イラストで和ませてくれる。Ellora's Caveに至っては、頻繁に裏表紙にまで進出。エジプトっぽい露出系の衣装を身に纏った筋肉ダルマたち"Cavemen"の写真がずらりと並び、とてもお茶の間には置いておけない怪しい雰囲気を醸し出している。「エロいよ~!」と絶叫しているようなそんな広告を見るたびに思ったものだ。ロマンスとエロチカの境界はどこにあるんだろう?
だってほら、いわゆる普通のロマンスだって、モノによってはラブシーンは非常にホットだと思うのだ。微に入り細に渡って詳しく描写してくれたり、思わずドキドキするようなシチュエーションで実施してくれたりもする。それでもあれらは「ロマンス」であって、一方ここに「エロチカ」と名乗る作品群がある。興味がわきません? どうなっちゃうんだ、と。「ロマンス」と冠されないということは、全く恋愛という要素が入らないのだろうか? でも、私が考えるところの女性心理では、愛とセックスは非常に強く結びついているように思うのだ。どれくらい興奮するかは「何をするか」よりも「誰とするか」の方がよっぽど大きく影響するような気がして仕方ない。「エロチカ」は恋愛を絡めずに読者をドキドキさせることができるのだろうか? ひょっとして私がウブなだけなのか?
というわけで読んでみました、初エロチカ。

Passion in Paradise One: Paradise AwakeningPassion in Paradise One: Paradise Awakening
Jaci Burton

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舞台は快楽の孤島リゾート"Paradise Risort"。1週間の滞在のあいだ、めくるめく各種エロチック・アクティビティ(笑)を、恋人ないしは現地調達したパートナーと一緒に楽しむというトンでもないリゾート地だ。
ヒロインのSerena はカンザスの大学の文学部教授(弱冠28歳なんだけどねぇ)。実は性的好奇心旺盛なのだけれど、大学教官という立場と何でもすぐ噂が広まる田舎町というロケーションのせいで、非常に堅実かつ退屈な人生を送っている。眼鏡に色気のカケラもないファッション。でも一生に一度だけでも心のままに過ごしてみたいと、セクシーな衣装を買い込み一年分の貯金をはたいて、勇気を振り絞って"Paradise Risort"にやってきた。
ヒーローのMichaelはカリフォルニア在住のエロチック・サスペンス作家。愛する元妻に逃げられてから、女性には心をゆるさず身体のみの付き合いを続けてきた33歳バツイチ。ファッションモデルのガールフレンドと一緒にParadise Risortで楽しむつもりが、ドタキャンをくらってしまい、快楽の島でひとり新作の構想を練るつもりでやってきた。
リゾート側のミスで部屋をダブルブッキングされてしまったヒーローとヒロイン。他の部屋は満室だったことから、ルームシェアすることに。ついでにアクティビティのパートナーにもなって、一週間しがらみ抜きで思いっきり楽しむつもりだったのだけれど・・・・。
そう、お約束のように二人は恋に落ちてしまう。

なーんだ、やっぱりロマンスじゃん、とガッカリしたようなホッとしたような。
じゃあ何がロマンスとエロチカを分けるのかっていうと、単に比重の違いであるようだ。わずか172ページの短いこの作品の実に1/3以上がラブシーン! ほとんどひっきりなしのラブシーンの合間を縫うようにして、デートして喧嘩して恋に落ちるんだから忙しいことこの上ない。あとは表現がいささか露骨で野性的といいましょうか(笑)、ロマンチックというよりはひたすら激しい印象。ひっきりなしに神様の名前を連呼しているのがおかしい。でも、心配していたように(だったら読むなって?)変態プレーに走ったり、読んでいて気持ち悪くなるようなこともなく、意外に楽しく読めた。ヒロインがなかなか共感できるキャラだったからかな? 恋に落ちてしまって苦しむさまはなかなか切ないものがあったり。それにエロチックなんだけれど、どこかカラッとしている。背徳感は皆無で、なぜか健康的ですらある。
とはいえやっぱり食い足りない感が残って、私には普通のロマンスの方が性に合ってるなぁとシミジミ思った次第。ま、たまには肩の力を抜いてこういうのもいいかもしれないけれど。

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2006.01.15

プライドと偏見

映画「プライドと偏見」を見てきました。
BBCバージョンの「高慢と偏見」の大ファンとしては期待半分、不安半分だったのですが、いや~良かったですよ!

原作で文庫本二冊分、BBCバージョンで300分という内容をどう2時間に納めるのかが一番の不安の種だったのですが、リジーに完全フォーカスすることで上手くまとめていました。魅力の一つである脇役のキャラクターがかなり単純化されていたり、コミカルな部分がごっそり切り落とされていたのは残念でしたが、その分ロマンスはシンプルだけど勢いがありました。原作やBBCバージョンだとお互いに反感を抱いていた二人が徐々に恋に落ちていくわけですが、映画では殆どあったその日に惚れています。2時間では恋に落ちてる暇がないという苦肉の策かもしれませんが、これはこれで若々しいスピード感があって良かったです。演出はかなりドラマチック寄りで(なにしろ1回目のプロポーズが何故か雨の中だよ!)、その辺も私好み。
リジー役のキーラ・ナイトレイが無茶苦茶カワイイ。あのちょっと歪んだ、困ったような笑顔とかたまらんですね。大画面に映えまくりです。私の抱いていたリジーのイメージにくらべると若々しくて情熱的でストレート。でも、BBC版「高慢と偏見」とは全く別の作品としてこの映画を見られたのはひとえに彼女の演じたリジーのキャラクターの強さのお陰です。作品の雰囲気を殆ど一人で作りあげてました。
そしてダーシー役のマシュー・マクファディン。コリン・ダーシーに較べると傲慢さはかなり控えめ。ナイーブさやシャイさを前面に出したダーシーで、迷子の仔犬みたいな視線がたまりません。リジーと目があうと逸らすんですよ(キャー)! 可愛すぎ。リジーの手をとって馬車にのせたあと、その手の感触を思い出すようにこっそり指を動かすとことか、「初対面の人と話すのは苦手」と告白する声がちょっと震えてるところとか、母性本能直撃です。コリン・ダーシーのような圧倒的な引力はありませんが、家に帰ってから「あ、もう一回見たいなぁ」と思わせる、後を引く魅力の「優しいダーシー」でした。

フォルテピアノのくせに何故グランドピアノみたいな音がするのかとか、朝もやのなか現れたダーシーはどこでレディ・キャサリンから話を聞いたのかとか(ロージンズパークから歩いてきたのか?)、謎はつきませんが、いいのです。感動したから。結果オーライです。
BBC版と較べて辛い点をつけるレビューも多いみたいですが、私は全然別の作品として気に入りました。絶対DVDも買っちゃうと思います。しかし、こんな風に違う解釈をしても作品として破綻しない原作の懐の広さには脱帽ですね。

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2005.11.23

シリアス作家のトンデモ本

ロマンスを読んでいて思うのは、第二外国語にフランス語を選べば良かったなぁということだ。フランス語の出現頻度の高さときたら、マジでフラ語の辞書を買おうかと考えているほど。その昔、日本人にとってエイゴが洗練と現代性の象徴だったように、エイゴ圏の人々にとってフランス語はロマンチックに響くのだろう。
昔ほんのちょっと齧ったのはドイツ語だったのだけれど、こちらはフランス語に較べるとずっと出現頻度は低い。「イッヒ・フンバルト・デル・○○○」なーんていう下品な冗談が学生時代流行ったのを覚えているけれど、きっとロマンチックじゃないんだろうね。現在、鋭意読書中の「A Breath of Snow and Ashes」(今のところ、すごく、すごーく、良い!!)にはドイツ語が出てくるけれど、喋ってるのはヒーローではなくて、どちらかというとコミカルな役どころの叔母さん。イケメンFergusが喋るのはフランス語だし、ヒーローのJamie(マルチリンガル!)が良く使うのはゲール語だ。ゲール語もロマンスでは人気がある。別の意味でロマンチックなんだろうね。よくスコットランドものの表紙で何故か裸体にキルトだけまとった男子の絵が描いてあるけど、あーいうノリで。私には音すら想像できないので判断不可能だけれど(ゲール語も辞書欲しいかも・・・)。
とにもかくにも外国語ってのはロマンスにおいてはムード作りの大事な小道具だ。おっとこまえのヒーローに知らない国の言葉を耳元で囁かれたい訳である。きゃー。

とーこーろーが。
使い方を誤ると、ムードぶち壊しの最終兵器にもなりうる怖さを秘めている。
そう、「The Shadow and the Star」のコトです。

0380761319The Shadow and the Star
Laura Kinsale

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英国とハワイを舞台にしたこのヒストリカル・ロマンスのヒーローSamuelは、子供時代に日本人執事(!)のDojunさんに日本語と日本の心と武道を教わったたという大変な日本かぶれ。「ご縁」にかけて五円玉をプレゼントたり(全然ロマンチックじゃない!)する。クライマックスには船の上で悪役と戦うシーンがあるんだけれど、相手を船べりから鮫の泳ぐ海に逆さづりにして、鮫の餌にしてやると脅す緊張感あふれる場面で、鮫に向かって叫んだ言葉が「Onaka ga sukimashita ka !」。大ずっこけである。腹がよじれるほど笑った。
こんな調子で、要所要所の大事なシーンで日本語や日本的小道具がてくるんだけれど、プチ可笑しい程度から上述の大爆笑レベルまで、とにかく徹底的に雰囲気を破壊してくれる。なにしろ笑える。たまに日本語間違ってて、「Jihi no kokoru(慈悲の心?)」とか言っちゃう。でも、本人は大真面目で己の「Shikijo(色情)」と戦うシリアスな男なのだ。
こんなトンデモ本を書いてしまうなんてどんな二流作家かと思われるかもしれないけれど、とんでもない。ローラ・キンセールは作品数こそ少ないものの、長いキャリアを誇る大人気作家で、最新作の「Shadowheart」では2005年のRITA賞にも選ばれている。私だって「Flowers from the Storm」にはノックアウトされたもの。華麗な文章で重くエモーショナルなロマンスを綴る超シリアス作家なのだ。そんな彼女がやってしまった訳である。
ところが、彼女が「やってしまって」いることは本国では認識されていないようで、この「The Shadow and the Star」だってニューヨーク・タイムズ・ベストセラーだし、RITA賞のファイナリストにも選ばれている。つい最近、日本デビューを大成功させたリサ・クレイパスもAll About Romanceにこの作品のレビューを寄せているけれど、ベタ褒めだ。
私たち日本人にだけ判る、この可笑しさ…。残念なような、ちょっと嬉しいような、複雑な気分。ずっと絶版状態でしたが、最近Reissueされて入手しやすくなりました。まず、永遠に邦訳が出ることはありえないと思うので、興味の沸いたひとは是非読んでみてください。笑えます。

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2005.08.21

「高慢と偏見」を語ろう

前の更新から1週間経つので「そろそろ何か読んだだろう」と思っていらっしゃった皆さん。申し訳ありません。今読んでる本(この秋4年ぶりに新作が出る、あのシリーズの5冊目です)が何しろ長いので読み終えるまで時間かかっております。しばらくレビューが書けそうにありません(泣)。とはいえ手ぶらでお帰しするのも芸人根性が許さないので(なんでやねん!)、「高慢と偏見」について語ってみます。長いよ~(笑)。

B00005YWZ6高慢と偏見
コリン・ファース ジェニファー・エイル アンナ・チャンセロー

アイ・ヴィー・シー 2002-04-05
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時を遡ること4年。映画館で「ブリジット・ジョーンズの日記」を見た私は例によってコリン・ファースに猛烈にときめいた(というと大抵の友人は何故か「え~?」と言うのだけれど)。で、家で余韻に浸ろうとパンフレットを買って帰ったのだけれど、そこでどうやらこの作品が「高慢と偏見」のパロディらしいということを知る。
「高慢と偏見」("Pride and Prejudice")はご存知の通り1813年に書かれたジェーン・オースティンの名作だけれど、ここで言っているのはそれではなく(いや、それなんだけど)、この作品を原作として1995年に製作されたBBCのTVドラマシリーズのこと。イギリスで放映されていた当時はドラマの時間になると街から人が消えたとか、コリン・ファースがヒーローのミスター・ダーシーを演じて世界中の女性をメロメロにしたとか、何だか凄そうである。自慢の「おたくアンテナ」にビビっと来るものを感じて早速ネットでチェックしてみると、出てくるわ出てくるわハマった人々の絶賛の声。これは見なければ、と行きつけのツタヤを探してみるものの、どうやらレンタルされていない模様。DVDが販売されているけれど、2枚組みで9800円。ありえな~い。超高~い。しかし、ここで諦めては女が廃るとばかりに、清水の舞台から飛び降りる思いでDVDを購入した。そして・・・。
もうね、凄いですから。2枚組で300分もあるというのに、届いたその日の深夜、飲み会から帰ってきて酔った勢いでちょっとサワリだけと思って見始めて、結局朝までみちゃいましたから。次の日仕事だったのに。
何が凄いって、全部凄いのが凄い。イギリスの田園風景もきれいだし、エンパイアスタイルの衣装も超カワイイし、BGMもいいし、出てくる登場人物全員個性濃すぎ(お母さんとミスター・コリンズを見て欲しい)だし、大したこと無いだろうと思っていたストーリーも19世紀にこんなものが書かれていたなんて!と衝撃を受けるほど面白かった(高慢な偏見ですね)。そしてコリン・ファースだ。若い。髪の毛もふさふさで、エルビスばりにもみ上げをのばしている。「ブリジット・ジョーンズの日記」の時と同様、最初に出てきた時にはなんとも思わないのだけれど、見続けているうちにどんどん素敵に見えてくる(不思議だ)。背が高くてスーツも似合ってたけれど、この時代劇コスチュームの似合い様はその比ではない。そして目が異様なまでにセクシー。ヒロインのリジーを演じるジェニファー・エイルもパッと見、決してびっくりするほどの美人ではないのに、コリン・ファースと並ぶと二人の間にはただならぬ色気と緊張感が漂う(見てるだけで妊娠してしまいそうだ)。もう、ひとたまりもなくハマってしまった。イギリスまでダーシー様のお屋敷を見に行ってしまったほど(馬鹿です)。

ヘレン・フィールディングもこれにやられてあの"Bridget Jones's Diary"を書いた。「高慢と偏見」の現代版パロディである。ヒーローはその名も「ミスター・ダーシー」。続編の"Bridget Jones: The Edge of Reason"ではブリジットがコリン・ファースにインタビューするシーンが出てくる。ミスター・ダーシーが池に飛び込み濡れシャツ姿になる場面に拘るブリジットが可笑しい。
ブリジット・ジョーンズの日記ほど有名ではないけれど、他にもパロディ、ファン・フィクションの類はいっぱいあって、ミスター・ダーシーの視点から書いた"Darcy's Story"、男女逆転バージョンの現代版パロディになる"Lions and Liquorice"、それ自体がパロディなんだけど作中劇でも「高慢と偏見」を演じるというユニークな構成の"Pride, Prejudice and Jasmin Field"、二人の結婚生活を描いた"The Bar Sinister"(成人向けかも)など盛りだくさん。思わずパロディを書かずにはいられなくなるような力があのドラマにはあった訳ですね。多分、演じる二人の間に強烈な性的エネルギー(むぅ)が漂っているというのに、ラブシーンが一つも無いということが理由なんじゃないかと思う。シーンの裏側ではあんなことやこんなことをしてしまっているのではないか、と思わず妄想せずにはいられないのだ。
ということで、パロディ本を楽しんだり、イモヅル方式で同じ作家の別の作品なんか読んだりしていると、自然と読む本のロマンス率が高まっていった。そうこうするうちに、ある日アマゾンから"Outlander"をお勧めされ、目覚めてしまった訳である。ロマンスにハマったきっかけは"Outlander"なのは以前お話したとおりだけれど、その出会いに導いてくれたのが「高慢と偏見」ということになる。ありがたや、ありがたや。

****
追記
えーと"The Bar Sinister"、再出版されてタイトルがかわったようですね。"Mr. Darcy Takes a Wife: Pride and Prejudice Continues"というのだそうです。ご参考まで。

追記2
えーと"Lions and Liquorice"も再出版でタイトルかわってます。"Vanity and Vexation: A novel of Pride and Prejudice"だそうです。
・・・映画公開の影響か、続々再出版されてるのは嬉しいですが、どうしてタイトル変えるんだろう?

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2005.06.04

ボーイズラブとロマンス小説

近頃はどうか知らないけれど、ちょっと前、久々にリアル本屋を訪れて昔懐かしい少女小説(つうか、今ではヤングアダルトと呼ぶべきか?)コーナーを通りかかって愕然とした覚えがある。そう、平積みされた文庫のこの表紙もあの表紙も美少年カップルで埋め尽くされていたのだ。い、いつの間に?
ご存知の通り、ボーイズラブは極めて新しいジャンルで、私の青春時代にはそんなものはなかった。私自身中学時代に読んだ筒井康隆全集で「男同士の性愛のカタチ」については既に学習済みだったし(子供は何からでも学んじゃうものです)、クラスメートの中には早くもいわゆる「やおい」にハマっている子だっていた。でも、それはメインストリームでは有り得なかったし、商店街の本屋さんの店先に白昼堂々ならべるようなモノではなかった。メインストリームは新井素子であり氷室冴子であり「丘の家のミッキー」だった(なつかしいですね)。それがいきさつは知らないけれどここ10年程の間にすっかり様変わりしていたのだ。
ということで、このテーマについては一度考えてみたいとずーっと思っていた。ボーイズラブを読んでる女の子達が将来ロマンス分野に流れてくるとすれば、日本のロマンス・ノベルの将来はばら色じゃないか、と。勿論過去においても「少女小説・少女漫画を読んでる女の子達がロマンス読みになる」可能性があったわけだけれど、それは必ずしもその通りではなかった。多分その理由は少女小説や少女漫画では徹底的といっていいほどに恋愛のセクシャルな局面が省略されていたからだ。いいトコに差し掛かると必ずといってよいほど暗転して、次の瞬間は翌朝になっている。なぜなら読者の女の子の殆どは自分の女性性をそういう形で受け入れる準備がまだ出来ていない、と考えられていたからだ。で、少女小説を読んでいた女の子達はやがて二次元の恋愛ごっこを卒業し、実世界で恋愛を重ねて成長してセクシャルな局面も楽しめるようになるのだけれど、殆どの場合「恋愛小説」の世界には戻ってこなかった。一度途絶えた習慣を再開するのってキッカケが必要なのだ。
ところがボーイズラブの場合、作品によって程度の差はあれ、どういうわけだかラブシーンはロマンス・ノベルのそれと同じくらいに重要視されているようだ。つまり、セクシャルな受容性を高める過程を「読む習慣」をやめずに過ごすことが出来るわけ。問題はいつかどこかの時点でボーイズラブ読者がロマンスに鞍替えするという瞬間がやってくるかどうかになる。ここが一番難しい考察になる。ボーイズラブ読者が何をボーイズラブに求めているのか、そしてそれがロマンスに備わっているのか。
そもそも、なんで男同士でなきゃいけないのか、なんていう学術的・本格的な考察は研究者にゆずるとして、一読者の直感で答えるならば、鞍替えの可能性は充分あると思う。ボーイズラブといえば秋月こおの「富士見シリーズ」くらいしか読んだことがないのだけれど、楽しみ方は基本的に一緒であると感じる。男同士の恋愛だからといって、必ずしも読者が第三者的立場に立たされるかというとそうではない。恋愛の苦しみとヨロコビは同じで、必ずそこに共感がある。男同士のラブシーンなんて共感できないだろうと思うかもれないけれど、ロマンス・ノベルのラブシーンにおいても私たちはフィジカルな行為そのものに共感しているのではなく(多分)、そこで不条理に激しく揺れ動く感情に共感しているのであって、それはホモセクシュアルだろうがヘテロセクシュアルであろうがかわらない。
違いがあるとすれば、ボーイズラブの主人公達には「いけない恋をしている僕たち」という影が宿命的に貼り付いているという点だ。彼らは作品の終わりでハッピーエンドを迎えたとしても、それは「今のところは」という条件付ハッピーエンドである。文面にかかれてはいなくても、将来にわたって彼らが大きな困難をクリアし続けなければいけないという事実がどこか影をおとしている。そういう「影」を特に好んで読んでいる読者にとってはロマンス・ノベルの楽観的「めでたしめでたし」路線は受け入れがたいものがあるかもしれない。だけど、全てのボーイズ・ラブ読者がそうであるとは私は思わない。単に美少年達の恋愛模様、困難を乗り越えてハッピーエンドに至るカタルシスに喜びを見出す読者も沢山いるだろうし、彼女らがより自分に身近な存在である女主人公の物語に心惹かれてゆく時期が来る可能性はとっても高いと思うのだ。
ジャンルの発展を夢見る一読者の、希望的楽観的ハッピーエンド保証的観測ですけど。

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2005.01.16

My Reading Year 2004

2004年に読んだ本は41冊。うち39冊がロマンスという、もう完璧ロマンス一色な一年だった。2003年のロマンス率が34%(11冊)しかなかったことと較べると無茶苦茶な偏り様。これも全ては2月に読んだ「Outlander」の所為なのだ。お陰ですっかりロマンス中毒である。ありがとう!
で、ロマンス元年ということで読んだ本は新作よりも評判の良い旧作系が多い。そんな今年のマイ・ベスト5は
1. Outlander Diana Gabaldon
2. Dragonfly in Amber Diana Gabaldon
3. A Knight in Shining Armor Jude Deveraux
4. Heaven, Texas Susan Elizabeth Phillips
5. Flowers froms the Storm Laura Kinsale
1位は当然Outlander(邦題:時の旅人クレア)。2位はOutlanderシリーズ2冊目のDragonfly in Amber(邦題:ジェイミーの墓標)。Outlanderシリーズは前半三部作が良いのだけれど、なかでもこの二冊はダントツだ。Outlnderはもう奇跡のような主人公二人のケミストリーと物語に圧倒的な勢いがあるし、Dragonfly in Amberは1冊目の勢いはそのままに構成にちょっとひねりが入って、最後はもうマジで号泣という、メロドラマ愛好家には堪らない一冊。あ、こうやって書いてるだけでまた読みたくなってくる。
続く3位にはおなじみの名作、A Knight in Shining Armor(邦題:時のかなたの恋人)。この作品も物凄くストーリーに勢いがありましたね。ユーモアがあるのに緊迫感が持続するというか、ただならぬオーラが漂っていて。あとヒーローもよかっった。少なくとも私にとって、ヒーローの魅力が物語の印象に与える影響は非常に大きい。どれくらいヒーローに惚れるかで、そのロマンスをどれくらい好きになるかが殆ど決まってしまうといってもいいかもしれない。Outlanderのヒーロー、ジェイミーは理想を絵に描いたような完璧な男で文句なしにHero of the Yearなのだけれど、このA Knight in Shining Armorのニコラスは甘辛の二面性をもっていて、ジェイミーとはまた違った魅力を放っていて大好きだ。一冊で同じ主人公で二回もロマンスが楽しめるというのも美味しすぎるし、最後は泣かせてくれる。
4位にはHeaven, Texas。Susan Elizabeth Phillipsの作品はどれも本当に大好きなのだけれど、ヒーローの魅力で(やっぱり!)この一冊が抜きん出ている。前出の二人とちがってBobby Tomはとんでもない駄目男である。だけど愛さずにはいられない駄目男なのだ。「悪い男」系ヒーローって非常に沢山いるけれど、蓋を開けてみると「周りに悪い男と思われていたけれど実はイイ奴」なケースが多い。本当に悪い奴が魅力的な訳がないのだ。しかしコイツの場合、真剣に駄目男である。どうしてこんな駄目男がこんなに魅力的なのか不思議だ。彼の心情が丁寧に書き込まれていて共感できるからなのだろうか。ヒロインに対する感情の変化に説得力があって、「この娘に惚れる男なら実はイイ奴のはず」と思わされるからなのだろうか。とにかく魅力的な駄目男である。
5位にはFlowers from the Storm。Laura Kinsaleは読むのがシンドイので実は苦手なのだけれど、コレは迫力に圧倒されて「読まされた」。この作品の場合は、ヒーローに惚れるというより、ドラマチックで濃厚なストーリーに呑まれたという感じだろうか。なにしろヘビーである。ヒーローの怨念というか言葉にならない強い感情が紙面からムンムンと沸き立っていて凄い。よっぽど体力があるときでないともう一回読んでみようという気には中々ならないだろうけど、非常に印象の強い一作。
さて、2005年はどんな作品に出会えるか。とっても楽しみ。

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2004.12.18

洋書ノススメ

エイゴ学習の一貫としての洋書多読が流行っている。多読がエイゴ力アップにどれほど寄与するかは、これはもう人それぞれだと思うし、場合によっては何の役にも立たなかったじゃんなんて人がいても不思議はないと思う。
だけど、洋書を読むことで100%恩恵を受ける人々もいるのだ。そう、ロマンス・ファンのことです。
ロマンスを楽しむなら、絶対に洋書に手を出したほうが良い。日本と海外では業界としてのスケールがもう全然違うのだ。
日本も最近はロマンスが流行ってきてるのか、立ち読みしたダ・ヴィンチの「今年の本ランキング」みたいな企画で「恋愛小説」ていう項目があったのに個人的には度肝をぬかれたのだけれど、和製ロマンスはまだまだマイナーだし、いわゆる「ロマンス」とはちょっと違うのですね。エンタテイメント度が低い。芸術系なのだ。
で、翻訳はというと、こちらも昔に較べれば増えてきているのだとは思うけれど、まだまだ数が少ない。特にシングルタイトル物の翻訳の少なさときたら。話題の最新作が翻訳されてないのはいたしかたないとして、名作として評判が確立された作品だってまともに翻訳されてない。翻訳でロマンスを楽しむって、太平洋の魚を東京湾に釣り糸たらして釣ってるようなものだ。もちろん釣れるけど、種類も数も限られる。やっぱ遠洋漁業でしょ。
高校卒業程度のエイゴ力があれば、洋書は誰でも読めるようになると思う。要は慣れなんです。最初ネックになるのがボキャブラリと読むスピードだ。知らない単語が多すぎると話が理解できなくなるし、最初のキスシーンまで何ヶ月もかかったのでは誰だって嫌気がさす。そこだけは残念ながらトレーニングが必要で、巷に溢れる洋書読みの手引書の類に書かれている通り、簡単な児童書から入るのが懸命だ。単語も簡単だし、話の展開が早いので読むのが遅くても大丈夫。
私の場合もそうで、最初は子供向けファンタジー(ハリーポッターとかね)から入った。ロマンスてのはいわば大人向けファンタジーみたいなものなので、ロマンス好きなら楽しんで読めるはず。だいたい半年かけて20数冊(我ながら我慢強い)の児童書を読むうちに、小説で使われる基本的な単語もある程度マスターできたし、何より大事なのは読むスピードが速くなった。そしたらもう、ロマンス読みまくりである。時々知らない単語が多すぎて何が起こっているのか判らないときもあるし、初キスまでやっぱりまだ数日かかってしまうけど、充分楽しめるレベルである。何より、広い太平洋を眺めて、まだ見てないけれどこれから釣るべき魚どれくらいあるかと考えただけで顔がほころんでくる。釣り放題なのだ。
いいっすよー。洋書読んでみません?

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2004.10.31

アウトランダーとロマンスの目覚め

本当に面白い本てのは読み始めて直ぐにわかるものである。
「おっ」と思って、次に「うぉーっ」と思って、そして「いやっほぅ」と小躍りするあの感覚。少なくともその本を読んでいる数日間の間、至福の時間が約束されたと確信するあのヨロコビ。日中、仕事に走り回ってくたびれて、そしてふと「そうだ、帰ったら続きが読めるんだ」と思いだして思わず笑顔になるあの瞬間。本読みでよかったとつくづく思うときである。わずか数百円で至福が買えるのだ。そして、そのヨロコビが比較的長く続くということで、洋書読みでよかったと思うときでもある。ま、そんな本は滅多にないのだけれど。
ダイアナ・ガバルドンのアウトランダーもそういう本の一つだった。
アマゾンで本を買うと、購入履歴から「オススメ本」というのを自動的に紹介してもらえるのだけれど、中でもしつこくオススメされたのがこの作品。それまでの購入履歴からどうしてこれがオススメされたのか今でもよく分からないのだけれど、とにかくそれほど勧めるのなら、とアメリカアマゾン(amzon.comのことです)で評判をチェックしてみると、なんだ、この絶賛レビューの数々は!内容がタイムトラベル物という点には一抹の不安を覚えつつ、ま、騙されたと思って買ってみようと買ったのがキッカケ。
そして幸運にも、「おっ」、「うぉーっ」、「いやっほう」となった訳である。
初めて読んだ頃はそれほどロマンスのスタイルに慣れ親しんでいた訳ではなかったので、とくに不審にも思わなかったが、今思えば、あの本はロマンスとしてはかなり型破りである。なにしろ一人称スタイルで書かれているのだ。ヒロイン、クレアの視点でストーリが語られるので、ヒーローが何を考えているのか読者には全く判らない。オマケにヒーローがナカナカ登場しない。さらにはようやく登場したとおもったら、有り得ないぐらい地味な登場の仕方である。しかも年下バージン(笑)。
しかし、一人称スタイルという一見ロマンスを紡ぐ上でハンデに感じられる方法も、ヒロインのクレアの知性と冷静でやや皮肉っぽいユーモアのセンスのお陰で全く飽きさせない。更には史上最高の完璧ヒーロー(私見っす)の姿が彼女の目を通じて描かれることで、ウソっぽさや嫌味がなくなるのも吉。ちょっと計り知れない部分があるこのヒーローによくマッチしたのだと思う。巻が進めば三人称スタイルでヒーローの内面が描かれることも増えてくるのだけれど、当然ながら彼にほれ込んでいるヒロインによって語られる姿の方が断然素敵である。ほれ込みつつも、ヒロインの性格上どこか冷静な描写も良い方向に働いている。
ま、何はともあれ、とにかく夢中になって読み、二人のふかーい愛情に猛烈にときめき、有り得ないくらい波乱万丈のストーリーに大興奮の数日間を過ごした結果、すっかりロマンス読みに改造された自分を発見したのでした。
いや、改造てのはちょっと違うかもしれない。自分では気が付いていなかったけれど、私は多分ずっと昔からロマンスが好きだったのだ。ジャンルこそロマンスではなかったけれど、犀川先生と西之園萌絵とか、モルダーとスカリーとか、「エンターテイメント」のなかの「ロマンス」という要素を無自覚にずっと愛してきたのだということが、今だから判る。実はピーナッツが好きなのに、ずっと柿ピーを食べていたようなものだったのだ。私は今まで何を読んでいたんだ、と愕然とするくらい新鮮な発見。
ロマンスに目覚めたことは、人生に起こった素晴らしいことベスト20(微妙すぎ?)に入れてあげてもよいくらいラッキーな出来事だったと思いますね。他の潜在的ロマンス愛好家の方々も早く気が付かれますように。

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2004.10.21

僕は読んだことないけど・・・

アメリカではロマンスってジャンルがホントに大地に根ざしてるんだなって感じるのは、「ロマンスが好きなんです」って言ったときの相手のレスポンスを聞いた時かもしれない。

■レスポンス=その1=
僕の母親が好きだったよ。面白い本に混じって沢山本棚に並んでた(彼にとってロマンスは「面白い本」ではないらしい)。表紙のイラストがへんだよね。何でこんなの読むんだろうって思ったよ。読んだこと?無いよ(なぜか若干赤面して)。興味ないし。
■レスポンス=その2=
僕の両親が好きだったよ(両親?)。うん、父親も母親と一緒になって読んでた(まじすか?)。それってフツウかって?さあ、フツウじゃないのかな。僕?いや、1回も読んだことないけど。君は?ノーラ・ロバーツとか好きなの?(読んだことない割に作者の名前は良くご存知だ)
■レスポンス=その3=
舞台がビクトリア時代だったり、海賊が主人公だったり、貴族が主人公だったりするんだよねぇ(コイツ絶対読んでる。しかもヒストリカルか)。ロマンスのヒーローと現実の男が全然違うから「どうしてこの本のヒーローみたいに○○じゃないの?」とか言って責めるんだろ(コイツ絶対責められてる)。え?読んだことなんて無いよ(ウソだ)。

共通してるのは、母親なり両親なり彼女なり、誰か身近な人にロマンス読者がいるってところか。そして、読んだことないにしてはあまりにビビッドな反応。少年時代におそらくは母親の本棚からこっそり持ち出して、一度は読んだことがあるのだろう。そして、読んだことがあるかと聞いてみれば10人が10人ともNOと答えるのだ。可笑しいくらいムキになって。きっと「オトコは読んではいけないモノ」なのでしょうな。

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2004.10.12

すれ違いマニア

「すれ違い」が大好きだ。
本当はとってもとっても愛し合ってる男女が運命のいたずらですれ違いまくり、悶々と苦しむ話って楽しくない?(ややサドっ気ありか)。実は今読んでる本もすれ違いっぷりが良くて大喜びしてるところである。「うぉー!なぜそうなる!」と呻き悶えつつ残酷なすれ違いっぷりを楽しめるのも、最後にはハッピーエンドがやってくることが分かってるからだ。途中、主人公が苦しめば苦しむほど(酷っ!)、最後に誤解が解けてハッピーエンドに至るときのカタルシスがヒトキワであることを知ってるからなのだ。
いわゆる「ロマンス」というジャンルはハッピーエンドが定義のようなものだけれど、世の中にはいかにもロマンスのような顔をして、そのくせちっともハッピーエンドではない話もいっぱいある。
そう、「風と共に去りぬ」の話をしているのだ(以下、ネタバレあり)。
高校生のころ一度、本(勿論翻訳ね)を読んだことがあったんだけれど、なにしろ大昔の話であらすじも半分忘れていたし、映画をまだ見たことがなかったので、先日ツタヤでDVDを借りてみたのだ。
映像の美しいことときたら予想以上だった。 南北戦争直前の美しい南部の田園風景!衣装もすばらしかった。あとは、ヒストリカルを読んでて下着の描写がイマイチぴんと来てなかったこともあって、お嬢様たちが下着姿で走り回るシーンという妙なところで感動(「そうか、こんな格好だったのか!」)したり、レット・バトラーが想像以上にニヤケ男だったのでガックシしたり(あのヒゲはよくないと思う)、一方そのレットがスカーレットをお姫様だっこして階段2段飛ばしで上がるシーンでは思わず惚れそうになったり(レットはアシュレーまでお姫様だっこしてしまう!)。映像の力って大したものである。とは言え、キスシーンではレットのキスが本当に上手いのか実は下手なのかさっぱり判らず、映像の限界って奴を感じたね。
すれ違いファンとしては、二人の有り得ないほどのすれ違いっぷりに大喜びしながら見ていた。なにしろあらすじは殆ど忘れていたので、一つ一つのすれ違いエピソードに大興奮である。しかし、忘れていながらも、有名な最後の台詞「明日は明日の風がふく」って奴がふと頭の片隅をよぎる。あまり幸せいっぱいな台詞ではない。しかも、そのシーンはスカーレット一人ぼっちのシーンだったような・・・。ちょっとまてよ。嫌な予感がするな、と。
・・・「風と共に去りぬ」はハッピーエンドではなかったのですね。最後までものの見事にすれ違いっぱなしだった。ロマンスでは有り得ないエンディングである。ロマンス的にはあそこで終わってはいけないのだ。すれ違いは最後に分かり合うから楽しいのであって、すれ違いっぱなしじゃただの酷い話である。全国のロマンスファンの皆さんが続編を求めた気持ちもよーく分かる。私も作りたくなったってば。
原作はどんなんだったんだろう。今一度読みたくなってきました。高校生のころとは全然違った読み方ができるはず。「掟破りのロマンス」としてね。そして最後に「何故ここで終わる!」と悶えるのだ(実はマゾか?)。あと20年くらいしたら、「ロマンス」ではなく一人のアイルランド系女の物語として、また違った読みかたをするのだろうし。

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