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2004.08.24

失敗しない本の選び方

和書を読むときと違って、洋書を読むには若干時間がかかる。これは経済的には福音(時間あたりのコストが低いので)なんだけど、どうしても読める本の冊数は限られてしまう。和書ならば創薬用語で言うところの「ハイスループット・スクリーニング」、古い言い回しで言うところの「下手なテッポも数打ちゃあたる」の精神で手当たり次第読みまくることも可能だけれど、洋書だとそうもいかない。面白い本だけをバッチリ選ばなきゃいけないのだ。
でも、面白い本を読む前に選ぶことなんて可能なのでしょうか?(なーんてダサくリトリカル・クエスチョンを投げかけてみたりして。)
Amazonの読者レビュー、あれを馬鹿にしてはいけない。人それぞれ好みも違うし、他人の感想なんてあてにならないと思うでしょう?だけど、本当に本当に面白い本ってのは誰が読んでも面白いのだ。「誰かが読んで面白い本」と「誰が読んでも面白い本」を分ける分水嶺は星の数でちょうど4.5個のところにある。星4つというのは少々アラがあってもつけてしまうが、星5つてのはなかなかつけないものなのだ。で、平均で星4.5個ついてるってことは、相当数の読者が満点をつけてるってことで、これはもう間違いなく面白い。
ただちょっと注意しないといけないのが統計用語で言うところのn数、母集団の数である。星5つ付いてる本をみつけて「おっ」と思ってよく見ると「レビュー数1」なんてことが、ままある。n=1では統計にもならない。これは単なる「誰かが読んで面白い本」なのだ。じゃあ、信用できるn数ってどれくらいかというと、ジャンルにもよるけれどロマンスでは二桁後半ってところでしょうか。レビュー数100以上ならなお良し(それだけ売れてるってことだ)。ロマンスでレビュー数が何百もあってかつ星が5つついてたら速攻お買い上げしたほうがいい。間違いなく傑作だから。
注意がもう一点。AmazonはAmazonでも日本のAmazonじゃ駄目です。間違ってもロマンス洋書でレビュー数が二桁後半になることはないから。あなたの好みに応じてAmazon.comあるいはAmazon.co.ukに行くこと。そして「ロマンス」の項目をクリックしてみよう。更にきめ細かくジャンルによってカテゴライズされていて(なんと「タイムトラベル物」だけで1カテゴリだ)、あなた好みのロマンスに確実にたどり着けるようになっているのだ。日本では考えられない手厚い配慮である。かくも海外においてロマンスは栄えている。
それにひきかえ・・・と、嘆くのはさておき、この方法で皆さんも「本当に面白いロマンス」を見つけて楽しんでください。絶対はまるから。

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2004.08.22

隠れてロマンスを読むのは何故だ

Shallowなエンターテイメントおたくであることを公言して憚らない私ではあるけれど、ロマンス読みであることをカミングアウトすることは何故かちょっとためらわれる。何故だろう?
エンターテイメントと芸術を分けるものは「共感」の有無じゃないかと常々思っている。主人公に感情移入してストーリーを楽しむものがエンターテイメントで、それを許さないのが芸術って訳。どれくらい登場人物に共感できるかどうかがエンターテイメントでは重要なんだと思う。「キャラがたつ」ってのはエンターテイメントでは最高の褒め言葉だ。で、間違いなくエンターテイメントの一分野であるロマンスにおいても、当然「共感」が重要である。
ロマンスで登場するヒーローには色々なタイプがいるけれど、共通して言えることはとても強いオトコであること、そしてヒロインにゾッコンであるということだ。ロマンスを読むときどんな感情に共感してるのかっていうと、つまりは「守ってくれる強いオトコにとことん愛されたい」という願望なのである。これはかなり恥ずかしい。子供なら白馬の王子を夢見ても許されるけれど、いい歳した大人がそんなこと望んではいけないのである。成熟した大人のオンナはちゃんと自分の足で立ってなければいけないし、愛ってのはそういうもんじゃないだろう、と。オトコに守ってもらいたいなんて、現代のオンナは口が裂けても言っちゃいけないのである。そんな事を考えるのは世間知らずで未成熟なネンネだけなのだ。一方で、ロマンスを読んで楽しんでいる自分がいる。「守ってくれる強いオトコにとことん愛されたい」願望に共感している自分がいるのだ。これって恐怖である。絶対他人に知られてはいけないという気になる。
だけど、それって隠すようなことなんだろうか、とちょっと思ったりもするのだ。そういう願望って実は成長しても消えてなくなったりはせず、誰もが心の片隅に抱えているものなのじゃないか、と思うのだ。誰も口にはださないだけで。どうですか?やっぱりそういう願望を持ってるのって未成熟な世間知らずだけなのだろうか?経済的にも精神的にも充分自立してると思うんだけどなぁ、自分でいうのもなんだけど。

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2004.08.21

ヒストリカルという魔法

ヒストリカルをよく読む。
多分BBCのドラマ「高慢と偏見」がロマンスにはまったキッカケだからだと思う。私の本選びは「イモヅル方式」なので、どうしても似た傾向の本(この場合、ヒストリカルロマンス)が多くなる。
とはいえ、好きでなければ読み続ける訳もなく・・・。はい、ヒストリカルは大好きです。
ヒストリカルの魅力は何といっても"restraint"にあると思う。
男子も女子も、全身をくまなく衣類で隠し、厳しい社会的ルールに縛られながら(そして多くのヒストリカル・ロマンスではそのルールを思わず破りながら、ですね)恋愛する。彼女の足首がチラッと見えただけで男子はドギマギし、彼に手袋を脱がされただけで女子は激しく動揺する。はっきりいって、異様なまでにトキメキ過多なのだ。そして、ロマンスにおいてトキメキが多すぎて悪いなんてことは無いわけで。現代物においてはごく普通の行為をはたらいただけで、もう有り得ないくらい激しい恋愛模様になってしまうという、これはもう殆ど魔法です。しかも、ちょっと現実離れしたロマンチックなムードも醸し出せたりして、一石二鳥。砂漠や孤島や牧場まで出かけなくとも、ご近所で充分ロマンスの舞台になり得るというわけだ。
しかし、こんな素晴らしいヒストリカル・ロマンスだが、問題だって当然ある。読みすぎるとエイゴが変になってしまうのだ。prostituteのことをwhoreとか言って笑われる羽目になるのだ。真っ当なエイゴを身につけようと思うなら、当然ヒストリカルは程ほどにしておかなければいけない。だけど、エイゴが少々変になってもいいから読みたい!と思わずにはいられない、それほどまでにヒストリカルというのは大変魅力的なジャンルだってことですね。

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2004.08.14

試験に絶対出ない英単語

ロマンスを洋書で読むことの利点の一つに、人前でラブシーンを読んでもあまり恥ずかしくないということがある。和書だとあからさまな語彙のオンパレードに、隣の座席の高校男子の視線が気になって数ページスキップすることにもなりかねないが、洋書だとその心配も皆無だ。ラブシーンのボキャブラリは隣の高校男子には絶対に絶対に分からないから。
ラブシーンで出てくる単語は実は限られていて、ロマンスを数冊読めば、少なくともラブシーンを読む分には辞書は不要になる。でも、この限られた単語というのが、「試験に出る英単語」やTOEIC対策ボキャ本なんかにはまず出てこない代物ばかりなのだ(あたりまえか)。で、仮に隣の高校男子がそんな単語を知ってるとすれば、間違いなく彼もも海外ロマンス好き、同じ穴の狢ということになる。アナタがラブシーンを読んでいることを見破れるのは同好の士のみなのだ。素晴らしい。
ま、そのような「試験に絶対出ない英単語」をマスターしてしまっている自分というのも何だか虚しいものが無いではないが、白昼堂々ラブシーンを人前で読むというのも中々スリリングで乙なものである。

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2004.08.13

オトコの趣味

ロマンス(というと、下の記事にも書いたように、すなわち「海外ロマンス」ということになる)を読み始めたころ、出てくるヒーロー出てくるヒーロー、ことごとく筋肉系なのに閉口した覚えがある。
日本に普通に少女漫画や少女小説読んで育った少女として、私の好みは断然「細身長身の爽やか君」であった。適度な筋肉はあってもよいが、決してマッチョであってはならない(というかはっきし言って、筋肉のことなんて考えたこともなかった)。汗は多少かいてもい許されるが、体臭はご法度である。
そんな趣味のまま大人になって、ロマンスを読んであのオトコ達に出会った訳だ。全身筋肉まみれの、胸毛ギャランドゥーなオトコ達(海外ロマンスのヒーローに胸毛はマストである)。ストーリーを気に入り、ヒロインに感情移入して夢見心地で読み進めながら、ああ、これでオトコがマッチョでさえなければ、と思ったものである。ロマンチックなラブシーンで、「胸毛かよ・・・」と何度幻滅したことか。
海外ではどうも日本とオトコの趣味が違うようなのである。アチラでいう良い男というのは、程よく日に焼けた皮膚の下でごっつい筋肉繊維がバッツンバッツンとうねっているものらしい。そして長身というよりは、大男。何故だろう?狩猟民族と農耕民族の違いだろうか?戦争続きの歴史の中で女達は生き残るために筋肉を愛するようになったのだろうか?着物とちがってアチラの民族衣装(かぼちゃパンツ&タイツなど)は筋肉が似合った為なのだろうか?理由は何であれ、好みの差はもう驚くほどである。カルチャーショックとはこのことだ。
とはいえ、読み重ねていくウチに、「筋肉いいじゃん」と思うようになっている自分に気がつく。今までなら「論外」だった街で出会うマッチョ系にも「ちょっとセクシーかも」と思ってる自分がいる。胸毛だって平気である。なんてこった。影響されてるし。

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2004.08.08

ロマンス小説不在の国

日本では不思議とロマンス小説というジャンルが発達していない。発達していない、というか殆ど存在しないと言ってもいいのではないか?子供向けなら少女漫画にしても少女小説にしても、ロマンス小説というジャンルに属する創作が山ほどあるというのに、こと大人向けとなると突然ロマンスというジャンルが消えてしまうのだ。
なんでだ?
経済学の授業を思い出してみれば、供給がないのはきっと需要がないからなのだろうが、それこそ何でだ?ヒトは大人になるとロマンス小説を好まなくなるのだろうか?その割にTVドラマなんて殆ど恋愛モノじゃないか。

大人もロマンスを読む国もある。たとえばアメリカ。ベストセラーの上位10位にロマンス小説が一冊も入らない週が殆どないほどに、ロマンス小説は読まれているのだ。大人になってもロマンス小説を読む日本人もいる。たとえば私。いい年してロマンス小説を読んでいる私やアメリカ人たちは幼稚なのだろうか?実はそうかも。思いあたる節がいろいろと・・・。

あるいはもしかすると日本の出版界は男性よりなのかもしれない。男のヒトってまずロマンス小説読まないし(フランス書院文庫はロマンス小説には入らないと思う)。男のヒトが読みたいものしか出版できないような仕組みがひょっとするとあるのかもしれない。それはそうと、男のヒトがロマンス小説を読まないのも何故だろう?男だって恋くらいするだろうに。これも不思議。

ま、何はさておき、私はロマンス小説が好きである。
あなたはロマンス小説好きですか?

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